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芦屋町所蔵作品 芸術家のご紹介

更新日:2018年06月01日

芦屋町所蔵作品の芸術家たち①

  • 田中繁吉「ロンチャンの庭」

    田中繁吉「ロンチャンの庭」

芦屋町中央公民館にある「ギャラリーあしや」の常設展では、芦屋町出身および芦屋町に関わる作家の作品を定期的に入れ替えて展示しております。気軽にお立ち寄りください。
また、作品の一部は芦屋町役場などでも展示しています。

※常設展示室は、特別展・企画展時期とその前後、月曜、年末年始は休館しています。
また、テーマによって展示作品・作家を替えるため、ここに記載されているすべての芸術家の作品を常に展示しているわけではございませんので、ご注意ください。
事前にホームページや、電話(093-222-1681)などで常設展の情報をご確認いただいたうえでお越しください。

以下、所蔵作品数が多い芸術家からご紹介します。


①田中繁吉
明治31年(1898年)9月13日~平成6年(1994年)11月1日 行年96歳
芦屋町山鹿出身。
創元会(そうげんかい)会員で同会理事長の洋画家。
東京美術学校(現、東京芸大)西洋画科卒。藤島武二に師事。
大正11年、帝展に「ロンチャンの庭」で初入選。
大正15年フランスに留学、キスリングの影響を受ける。
帰国後、昭和8年「三人裸像」で帝展特選。白日会(はくじつかい)会員を経て、昭和19年創元会会員となり、その後、理事長に就任。
また、日展評議員、日展参与などを歴任し、平成3年に日本文化振興会国際芸術文化賞を授与された。紺綬褒章を2度受賞。
芦屋町では田中繁吉氏の油彩やスケッチを約80点収蔵。


②丹生忍冬齋
明治43年(1910年)~平成14年(2005年)9月 行年92歳
本名は公男。日本作家クラブ理事・歴程美術協会会員・安心院町文化財調査委員(ペンネーム・紫山経、俳号・青苑)。
大分県宇佐郡龍王村(現、大分県宇佐市安心院町)に生まれる。
少年期に上京、赤坂中学(今の日大三高)、日本音楽学校を卒業後、帰郷する。竹久夢二の死をきっかけに絵画への情熱が再燃し、画家となる。
自由美術協会の挿絵研究会「のばら会」や歴程美術協会に入会。精力的に作品を発表。単行本の装画、装丁、さらに壁画にも広く才能を発揮した。
昭和26年から26年間芦屋町に居住し、米軍基地内のダンスホールの絵や、英文ポスターを描いた。
忍冬齋が長年のライフワークとして描いた卑弥呼は、芦屋町の山鹿貝塚から出土した縄文人骨にインスピレーションを受けたとされている。
芦屋町では作品を44点収蔵。

  • 丹生忍冬齋「無題」

    丹生忍冬齋「無題」

芦屋町所蔵作品の芸術家たち②

  • 多賀谷伊徳

    多賀谷伊徳

③多賀谷伊徳
大正7(1918)~平成7年(1995年)4月24日 行年77歳
芦屋町に生まれる。
独学で油絵を学び、昭和14年に独立美術協会展に初入選後、美術文化協会会員、二科会会員となる。
昭和36年に無所属となり芦屋町で創作活動を行い、前衛的な抽象画を多く残した。
また、佐賀県有田で陶磁壁画の制作に成功し、北九州市庁舎市民ホールや芦屋町役場入口の壁画などを手掛けた。壁画のモチーフには北部九州に多い装飾古墳の文様が反映されている。
昭和49年芦屋町の生家に多賀谷美術館を建設し、油絵、石版画、磁器壁画、皿や碗、鉄のオブジェなど、さまざまな分野で独自の表現活動を行った。
現在芦屋町では版画など約10点所蔵。


④遠矢政己
昭和4年(1929年)~昭和61年(1986年)3月24日 行年57歳
鹿児島に生まれる。
幼少時に田川市に移り住み、田川中学校から京城鉱山(そうるこうざん)専門学校に学ぶ。終戦後、帰国。 32歳の時に独学で絵を始める。昭和36年から芦屋町白浜町に居を移し、創作活動を行う。中央展、地方展に出品し、受賞作品が多い。
昭和38年八幡美術館で個展を開催。以後東京、名古屋、福岡市など各地で数多く個展を開催した。また遠賀町役場庁舎などの壁画を製作し、生涯のテーマとして遠賀川の葦を描き続けた。
現在芦屋町に5点所蔵。

  • 遠矢政己「無題」

    遠矢政己「無題」

芦屋町所蔵作品の芸術家たち③

  • 永島正明「牡丹雪」

    永島正明「牡丹雪」

⑤永島正明
芦屋町出身の洋画家。
海外への留学経験があり、洋画家双丘会油彩肖像画研究所会長、和田三造画伯の顕彰会理事長をつとめるなどの活躍をした。
現在芦屋町には油彩の風景画3点を所蔵。


⑥佐伯和美
大正3年(1914年)~昭和49年(1974年) 行年60歳
鞍手郡に生まれる。
剣高等小学校在学中より絵を描き始める。
都城商工学校卒業後、上京して和田三造に師事。
昭和22年に芦屋町幸町に移住。
昭和24年、第3回新九州美術展で市長賞を受賞。
その後中央展、地方展で数多く受賞。また、ガラス絵も手がける。
昭和29年美術文化協会会員、昭和32年同会退会、昭和33年新象作家協会設立会員。
昭和49年1月1日自宅にて急逝。8月佐伯和美遺作展を北九州市立八幡美術館にて行う。
現在芦屋町では作品を2点所蔵。

  • 佐伯和美「視」

    佐伯和美「視」

芦屋町所蔵作品の芸術家たち④

  • 松沢桂子「Mona lisa in nude」

    松沢桂子「Mona lisa in nude」

⑦松沢桂子
昭和15年(1940年)~ 現在
松沢氏(現:田代氏)は福岡教育大学卒業後、8年間の高校美術教諭を経て、昭和45年より画業生活に入る。
福岡県展、西部女流展などで受賞し、朝日展、二紀展、二科展、独立展など数々の賞に入選。グループ展「核」展、現代美術の動向展、可能性の意志展、個展などで作品発表を行う。
著書、画集に「ノスタルジア・ポルトガル」「スペイン・ロマネスク」「イタリアの風」「ビザンティンの庭」などがある。平成24年度ギャラリーあしやで風景画の個展を開催した。
現在芦屋町では初期の抽象画を2点所蔵。


⑧石橋髙次
昭和33年(1958年)~ 現在
芦屋町に生まれる。九州制作会議会員。
福岡県立若松高等学校に入学し、卒業後は地元の大学に入学。大学卒業後は、シルクスクリーンの工房に就職。25歳で独立しシルクスクリーン工房を始め、30歳代半ばから作品の制作を始めた。平成7年に福岡県美術展で福岡市教育委員会賞を受賞。以後、北九州総合デザイナー展、北九州美術家連盟公募展、別府アジアビエンナーレ展、岡垣アートフェスティバルなどさまざまな展示会で、シルクスクリーンの作品を中心に発表。
現在芦屋町ではジョン・レノンを描いたシルクスクリーンを1点所蔵。

  • 石橋髙次「ジョン・レノン」

    石橋髙次「ジョン・レノン」

芦屋町所蔵作品の芸術家たち⑤

  • 江藤日出男「僕のヘリコプター」

    江藤日出男「僕のヘリコプター」

⑨江藤日出男
昭和11年(1936年)~現在
福岡教育大学名誉教授、日本鋳金家協会会員、福岡県美術協会会員。
東京に生まれ、昭和42年に東京芸術大学大学院美術研究科修士課程鋳金専攻を修了し、昭和43年同学工芸科鋳金副手となる。
福岡教育大学や九州産業大学にて教授として鋳金の指導を行ってきた傍ら、作家としても活動。昆虫や植物をモチーフに伝統的な鋳造技法「真土型」にこだわった、手作業で生み出した作品を生み出す。作品は福岡県立美術館にも所蔵されている。
芦屋釜の里への技術指導などを行い、平成24年度ギャラリーあしやで個展を開催した。
芦屋町では作品「僕のヘリコプター」を1点所蔵している。


⑩平 寛
昭和48年(1973年)~現在
福岡生まれ、中間市在住画家。
福岡教育大学卒業、岩手大学大学院修了。
中村学園大学非常勤講師、絵画教室「アトリエたまご」主宰、岡垣サンリーアイ文化講座「個展絵画技法」講師など、多岐にわたり活動。
また、公共施設や幼稚園などでさまざまなワークショップを行っており、平成27年夏にギャラリーあしや特別展で個展とワークショップを同時開催した。作品「Loosing Blue」は、芦屋の夏井ヶ浜のスケッチをもとに描いたという連作で、平成27年秋に芦屋町中央公民館へ寄贈。

  • 平寛「Loosing Blue」

    平寛「Loosing Blue」

このページに関する問い合わせ先

芦屋町教育委員会 生涯学習課 公民館係 (中央公民館)
電話番号:093-222-1681
ファクス番号:093-223-5688